取締役の善管注意義務とは?違反になる判断基準や対策、必要な対応まで詳しく解説
取締役は、会社に対して善管注意義務を負っています。
取締役が善管注意義務に違反すると、会社から損害賠償などの責任を追求されたり、解任されたりするリスクがあるため注意しましょう。
今回は、取締役の善管注意義務の内容や違反になる判断基準、対策や対応について解説していきます。
善管注意義務違反が問題となった事例も含めて解説していくので、ぜひ参考にしてみてください。
取締役の善管注意義務とは
取締役は、株式会社の経営を委任される立場として善管注意義務を負っています。
善管注意義務とは、「善良な管理者の注意義務」の略で、水準は、その地位・状況にある者に通常期待される程度のものとされています。
取締役と会社の関係は委任関係にあり、根拠となる条文は以下の2つです。
- 会社法330法「株式会社と役員及び会計監査人との関係は委任に関する規定に従う」
- 民法644条「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意を持って、委任事務処理する義務を負う」
善管注意義務と忠実義務の関係性
取締役には善管注意義務と似た義務として忠実義務が定められており、会社法355条では「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない」とされています。
善管注意義務と忠実義務の関係性として、諸説ありますが、最高裁の判例では「善管注意義務の内容を明確化したものが忠実義務である」とされています。
取締役の善管注意義務と経営判断の原則
取締役は経営判断を誤り、会社に損害を与えることもあるでしょう。しかし、取締役が常に善管注意義務違反として責任を負うとなれば、萎縮してしまい積極的な経営判断ができなくなります。
取締役が善管注意義務に違反したかどうかの判断基準として経営判断の原則があります。
経営判断の原則とは、取締役が行う経営上の判断において、決定の過程や内容に不合理な点がないときは善管注意義務違反にならないという考え方です。経営判断の原則には明文の規定はなく、諸説ありますが、下級審判決では同様の考え方を認めています。(平成8年2月8日、セメダイン事件判決)
また、最高裁判所の姿勢も明確ではありませんが、同様の考え方は有しているとみられています。(平成22年7月15日、アパマンショップ株主代表訴訟事件判決)
経営判断の原則が判例で認められているのは、もともと取締役には会社に対する忠実義務に背かない限り広い経営上の裁量を有していることが前提です。
経営判断の原則の要件は主に以下の2つです。
- 経営判断の前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったかどうか
- その事実に基づく意思決定の過程が通常の企業人として著しく不合理なものでなかったかどうか
これらが経営判断の原則が適用されるために必要とされています。
取締役の善管注意義務違反が問題となりやすいケース
取締役の善管注意義務違反が問題となりやすいケースは、主に3つで以下のとおりです。
- 取締役が法令違反を犯したとき
- 経営判断の失敗により会社に損害を与えたとき
- 他の取締役や従業員による違法行為を見逃したとき
それぞれ詳しく解説していきます。
取締役が法令違反を犯したとき
取締役が法令違反を犯したときは善管注意義務違反とみなされるでしょう。例としては会社の資金横領などです。
また、会社の意思決定には取締役が関わるため、会社として法令違反をしないようにすることも取締役の義務となっています。
取締役は自分自身が法令違反をした場合だけでなく、取締役の判断によって会社に法令違反をさせた場合にも善管注意義務違反となるため注意が必要です。
経営判断の失敗により会社に損害を与えたとき
取締役が経営判断を誤り、会社に損害を与えたときは善管注意義務違反と判断されます。
しかし、経営判断には不確定要素もあるため、取締役が常に善管注意義務違反として責任を負うとなれば、積極的な経営判断ができないでしょう。
取締役が積極的な意思決定をできるようにするための判断基準として、先述した経営判断の原則が存在します。
取締役が経営判断に失敗したときは、経営判断の原則における判断基準に基づいて善管注意義務違反の有無を決定します。
他の取締役や従業員による違法行為を見逃したとき
取締役は、他の取締役や従業員の違法行為を見逃したときにも善管注意義務違反と判断されます。
取締役は職務の一つに、他の取締役や従業員が職務をしっかり行っているか監視・監督する義務も存在します。
他の取締役や従業員の違法行為を見逃したときには、監督責任を怠ったと判断されるため問題となる可能性が高くなるでしょう。
ただし、違法行為の発見が困難だったり、内密に行われていたりした場合には善管注意義務違反にならないこともあるようです。
取締役が善管注意義務に違反するとどうなるのか
取締役が善管注意義務違反をしたときに負う責任は主に以下のとおりです。
- 会社に対して損害賠償金を支払う
- 株主や債権者に対しても損害賠償金を支払う
- 株主代表訴訟を提起される
- 取締役を解任される
それぞれ詳しく解説していきます。
会社に対して損害賠償金を支払う
取締役が善管注意義務に違反すると、会社から任務懈怠責任を追求されます。
任務懈怠責任とは、取締役が任務を怠ったときに、会社に対して損害を賠償することです。
このときに支払う損害賠償金は、会社が損失をした金額となっています。
会社が損失をした金額によっては多額の請求になることも少なくないため注意しましょう。
ただし、取締役に悪意や重大な過失がない場合は、株主総会の特別決議によって損害賠償責任を一部免除できることもあります。
株主や債権者に対しても損害賠償金を支払う
取締役は善管注意義務に違反すると、会社だけでなく株主や債権者に対しても損害賠償を請求される可能性があります。
取締役が業務上横領や粉飾決済などの法令違反を犯した場合、株主から訴訟を提起される可能性が高いため注意しましょう。
株主代表訴訟を提起される
取締役は善管注意義務に違反すると株主代表訴訟を提起される可能性もあります。
株主代表訴訟とは、取締役ほか役員等が会社に対して責任を負う場合、会社がその責任追求を怠るときは、株主が会社にかわって役員等の責任を追求するために提起することができる制度です。
株主代表訴訟を提起されることで、取締役は会社に対して損害賠償金を支払わなければなりません。
株主代表訴訟では、実際の例として、訴額が数百億や1兆円を超すような判決もあるため、きわめて高額な損害賠償金を支払うことになります。
取締役を解任される可能性もある
取締役が善管注意義務に違反すると、株主総会決議によって取締役を解任される可能性があります。
会社としても、不祥事を起こした取締役は解任してイメージの回復に努めたいため、ほぼ確実に解任されると言ってもいいでしょう。
善管注意義務違反が問題となった事例
ここからは、善管注意義務が問題となった事例について解説していきます。
今回解説する事例は3つで以下のとおりです。
- アパマンショップ株主代表訴訟事件
- 日産自動車カルロス・ゴーン事件
- 野村證券増資インサイダー取引事件
それぞれ詳しく解説していきます。
アパマンショップ株主代表訴訟事件
アパマンショップホールディングスの株主は、取締役に善管注意義務違反があったと株主代表訴訟を提起しました。そして、平成22年7月15日に最高裁から善管注意義務の違反は無かったと判決されています。
アパマンショップホールディングスの取締役が株式会社アパマンショップマンスリーを完全子会社化するために株式を1株あたり5万円の価格で買い取る旨を決定しました。
これに対し、アパマンショップホールディングスの株主は、1株あたりの金額が不当に高額であり、取締役の善管注意義務違反であると主張し株主代表訴訟を提起しています。
日産自動車カルロス・ゴーン事件
日産自動車は、2022年1月19日に元取締役に対して善管注意義務違反があったとして提訴しています。
元取締役は、カルロス・ゴーン元会長の役員報酬を適切に開示しなかったとして、金融商品取引法違反の罪に問われていました。
日産は元取締役の善管注意義務違反により損害の一部である14億円の賠償を求めました。
野村證券増資インサイダー取引事件
野村證券は、平成24年に増資インサイダー事件が問題となっており、善管注意義務違反があったとして、当時の取締役は引責辞任に追い込まれています。
この事件によって野村證券は、金融商品取引法に基づく業務改善命令を出されました。
この問題は、取締役の善管注意義務である監視・監督義務を怠ったことで起きた問題であると言えるでしょう。
取締役の善管注意義務違反を防ぐための対策
取締役の善管注意義務違反を防ぐための対策は主に3つで以下のとおりです。
- 取締役同士の監視を強化する
- 内部監査や外部監査を導入する
- 社内全体のコンプライアンス意識を高める
それぞれ詳しく解説していきます。
取締役同士の監視を強化する
取締役の善管注意義務違反を防ぐためには、取締役同士の監視を強化することでしょう。
取締役の職務を監視できるのは、1番近くにいる他の取締役です。そのため、互いに監視し合うことで、ミスや違法行為にも気付きやすくなります。
また、社外取締役として弁護士を選任することも有効な手段となるでしょう。
内部監査や外部監査を導入する
取締役の善管注意義務違反を防ぐための対策として、内部監査や外部監査を実施することも有効です。
内部監査は社内の監査部門によるものであり、外部監査は外部の監査法人などのことを言います。
取締役同士では、監視しきれない可能性もあるため、第三者の視点から監査を実施することが対策として効果的と言えるでしょう。
社内全体のコンプライアンス意識を高める
取締役の善管注意義務違反を防ぐために社内全体のコンプライアンス意識を高めるといいでしょう。
社内全体にコンプライアンス意識が浸透することで、違法行為を未然に防ぐことができたり、互いの監視に繋がったりします。
会社全体でコンプライアンスの研修を行ったり、コンプライアンスの担当者を在籍させたりするなどの対策ができます。
監視だけで善管注意義務違反を防ぐのではなく、会社全体の意識を高めて違法行為を防止させることも重要でしょう。
取締役の善管注意義務違反が発生したときに必要な対応
取締役の善管注意義務違反が発生したときに必要な対応は主に4つで以下のとおりです。
- 経営陣や顧問弁護士と協議する
- 株主などに対して説明をする
- 取締役に対する責任追求を検討する
- 再発防止策を実施する
それぞれ詳しく解説していきます。
経営陣や顧問弁護士と協議する
取締役の善管注意義務違反が発生したときは、まず経営陣や顧問弁護士と協議しましょう。
協議を行うことで、対応の優先順位が高いものを弁護士が整理してくれるため、迅速な対応が可能となります。
また、弁護士がいることで法的な観点からもアドバイスしてもらうこともできるため、状況によっては法律事務所に依頼することも効果的です。
株主などに対して説明をする
取締役の善管注意義務が発生したとき、株主などに対して状況の説明をすべきです。
株式会社の経営において、株主からの信頼を失うことは絶対に避けなければなりません。そのため、問題に対しての現状は迅速に発信することが必要となります。
今後の対応も決まり次第、株主に対して説明は必ずしておきましょう。
取締役に対する責任追求を検討する
取締役が善管注意義務に違反したときは、取締役に対してどのような責任を負わせるのか検討しましょう。
会社に損害が出たときは損害賠償請求を行うべきです。株主にとって会社の損失は自分自身の損失と同じなので、株主からの信頼回復にも繋がります。
また、会社のイメージを回復させるために、取締役を解任することも検討しましょう。株主総会決議を行うことで取締役の解任させることができます。
再発防止策を実施する
取締役の善管注意義務違反が発生したときは、今後同じようなことが起きないようにするためにも再発防止策を実施すべきです。
再発防止策は弁護士に相談するなどして、会社の状況に合わせた策を実施するようにしましょう。
まとめ
取締役は会社と委任関係にあり、善管注意義務という責任を負っています。
取締役が善管注意義務に違反すると損害賠償責任を負わされたり、解任されたりするリスクがあります。
会社としては、善管注意義務違反が起きないために取締役同士の監視やコンプライアンスの体制を整えることが重要になります。
万が一、取締役の善管注意義務違反が発生したときは、経営陣や顧問弁護士と協議して迅速かつ適切な対応をして行きましょう。